Words of VM

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2008年 08月 28日

Gospel According to Harry 監督コメンタリ(2)

かづちゃんさんの熱烈な要望をうけ、続きです(笑)
聖書の記述によると、「男は砂漠へ行った」ということらしいのですが、ヨーロッパは人が多すぎるし、砂漠がないのでセッティングをアメリカにした。でもアメリカの砂漠でロケ地を探したものの砂漠だけというのがない。生き物の姿のない砂だけの砂漠がない。山やさぼてんや何かがある。パラドックス的だがヨーロッパに帰って来た。そこへアメリカ的なもの持ち込んでアメリカの砂漠に仕立てた。

「バスキア」の脚本を書いているときに、英語が母語じゃないので、会話の部分の脚本家としてジュリアン・シュナーベル(「潜水服は超の夢をみる」の監督。ヴィゴの元カノのパパ)を多くの中から選んで雇った。彼は英語が母語だし、ニューヨークのアートシーンで話されている言葉を知っていたためだ。元々は自分で監督をする予定だったが、バスキアの死因や虐待など多くの問題があったためなかなか資金が集まらず映画化できなかった。2年経っても資金が集まらなかったので、シュナーベルに預けたところ4年かけて資金を集め1996年にやっと映画化できた。バスキアのためにロスにいた1991年に「Gospel According to Harry」の脚本も書いた。そして映画化に興味を持った制作会社が資金提供をし、またポーランドの文化省の資金援助も受け、「バスキア」を撮る前にこの映画の撮影ができた。

毎朝、湖をボートで撮影している場所まで行くんだけど、僕らが到着するとヴィゴはたいてい砂丘の上で手を振っていた。でもある朝、ヴィゴが見えなくてその代わりにヴィゴの彼女が叫んでいた。何が起こっているのか分からなかったけど、スタントマンがボートから飛び降りて湖岸に駆け寄ると、ヴィゴが砂地に沈み込んでいるところだった。あちらこちらにあるんだけど、沼のようなもので足を踏み入れると、飲み込まれてしまう。大きな間違いで、ゆっくりなんだけど、抜け出すことができない。ヴィゴを掘り出すのにかなりの時間がかかった。本当に危なかった。おかしいんだけど、ずっと後に「ヒダルゴ」のポスターをみたときに、ヴィゴの写真の下に「The desert was a trap」というコピーがあって、僕にとっては思い出すのはたった一つのことだった。あの朝のポーランドの砂漠だ。

この砂漠はいい天気で気持ち良さそうだけど、大変。細かい砂なので歩くだけで普段と違う筋肉を使うので、2、3日撮影をするとみんな足が痛くなる。また砂は常に動いているので、砂丘の形も変わる。毎朝セットに来て朝一番にするのは砂を払うというかシャベルでどけることだ。

また第2次世界大戦時にドイツがアフリカ戦を想定して訓練をして、プロパガンダのためにアフリカで戦っている映像を実際はここで撮影したため、砂漠にはたくさんの爆発物が隠れており、砂が動くことによって時々出てくる。ヴィゴはbomb ?? (ここがよく聞こえない。薬莢?砲弾?)をたくさんコレクションしていた。空港ではそのせいで飛行機から掘り出されたと思うよ。それか、カリフォルニアまでもって帰ったかな?
前回の文とあわせてまだここここここここここここぐらいまでしか行ってません。そして、砂漠でどっかーんの解説は全然ありませんでした。だまってるんだもん、監督(笑)

んで、ヴィゴ、ここまでで既にどんだけなんだ(笑)よかったよ、監督たちが間に合って。砂に沈んだらえらいこっちゃだわ。そしたら私は指輪にもはまらず、こんなブログもしていなかったかも。いやあ、砂漠で砂に飲み込まれそうになっても、爆弾のかけらを求めてうろうろするヴィゴを想像すると(笑) いやあ、ほんとよく今まで大きな怪我もせず・・・・

ということでまだ続きます。
かづちゃんさん、偉い?ご褒美は?(笑)

by miyelo | 2008-08-28 23:38 | ヴィゴ


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