Words of VM

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2005年 01月 02日

The Best American Nonrequired Reading 2004 序文

やっと最後まで訳しました。いかがでしたか?これは単なる序文ではなく、胸を打つ一遍の作品だと思います。拙訳で少しでも意味が伝われば良いと思いますが、もちろん原文を読むことをお勧めします。ヴィゴ朗読の序文が入ったCDもありますので、是非本物を体験してください。

11部に分けてアップしましたのでコチラに日本語訳全文を掲載します。ものすごく時間をかけてますので、無断の転載はご遠慮ください。



The Best American Nonrequired Reading 2004 序文

指図されたり、ユーザーガイドや組立て説明書を読まなければならないことに頑固に抵抗する傾向を、多くの人たち、特に多くの男性、と私は共有する。私が事前の説明を熱心に避けようとすることの少なくともいくらかは、まずその言葉をはじめに得たいという偽りのない前向きな欲求からきていると信じたい。まず取り掛かり、自分としては比較的無知な状態でそれを見届け、探求したいのだ。できるだけ先入観を抑えて飛び込みたいのだ。どのみちほとんどすぐに判断は下される。一昨日結膜炎が私の右目から左目へと飛び移ったぐらい速く、容易に。通常、私が本を手に取ったときは、1ページを捲るとすでに、1音節を意識して読む前に、紙、インク、フォント、文字の大きさなど否応なく即断してしまう要因がある。私は手をとってもらう必要もないし、ほしくもない。どんな本の中身に関しても準備されたくない。なぜなら、自分でその組み合わせを検討し分析する機会を得る前に、ともかくそれは言葉を誰か他の人の紹介へと従わせるからだ。しかし、その本を読むことを楽しんだら、時々その後に好奇心から序文を読む。

それゆえに、私はこの本の中の何についても意図的に触れない。直接的であっても、間接的であっても、他の人たちが『The Best American Nonrequired Reading 2004』用に選んだ作品に対し準備しようとはまったくしない。この本のどれをあなたが読むべきかという推薦すらしない。特に私のはこれ以上読めとは全く言わない。お望みならば本を置けばいい。やめろ、放り出せ、小さく刻み、食べろ、焼け ― これを始末し、考えの外に追い出すために考案できるアナーキーな方法をとれ。さもなくば、読み続るんだ。いくつか読め、手当たり次第に、行きつ戻りつ、長年にわたって、何も覚えておくな、嘲笑しろ、誤用しろ、内容とプロとしてのプレゼンテーション―もしそうしたいなら、特にこの不必要な序文―における欠陥について、またはいかにあなたの人生が一瞬分裂させられたか、もしくはこの本を読むことでいいことへと寄り道させられたかに関して、発行人へ手紙を出せ。私が知る限り、こういった反応例はこの時点では違法ではない。我々は未だ読む自由と読まない自由がある(この非必読本があなたが従いたいと願う誰かによって読むように言われていない限り)、そして何を読むか読まないか自分の心を決める自由もあるのだ。

私は言葉に価値を置く。言葉がいかに響くか、そしていかに絵を描き、予期せぬ感情的な反応を引き起こすかに興味がある。たった一つの繋がりのない単語や句が君を凍らせたり、住むべき新しい世界を与えたりできる。プライベートな会議の議事録の無許可の抜粋を読むのが好きだ。写真アルバムのキャプションや、求人広告、息子の宿題、中国語のエイズ防止パンフレット、洗濯物のリスト、外国の電話帳、死亡記事、へんな字幕、道路地図、街灯のポールで色あせる迷いペットのチラシ、古く忘れ去られやすい本、必要ではないが、出版物から破られたり陳腐な製品のパッケージからとられたのを見つけた取扱説明書など、私が発見したり絶滅の危機をから救ったと思う役に立たない情報を読むのが好きだ。私が理解していないことを時を改めて人が何と書いたかを読むのを楽しむ。

少年の頃、私は両親や祖母などが私が眠ってしまったと思うよりもずっと後まで、懐中電灯を使って毛布の下で読んでいた。今私は何であれ興味を待ったものを読むことに同じ秘密の楽しみを見出し、電気が消えているべきときよりもずっと後まで今でもそうしている。もう懐中電灯と共に隠れる必要はないし、ごまかされているのは私だけだ―貴重な休息から放りだされて。今日まで、私は他の人たちが勧めるものを読むことに抵抗してきたし、自由意志による、注目されてない、放棄された、おそらく不要なものを読むことに惹かれてきた。

だからこそ『Nonrequried不必要な』が私にとって際立ち、この本のタイトルの中で私の注意をひくのだ。理解すること、言葉を説明することが必要とされないということが、私を惹きつける。言葉を所有したり、批判的な目でその本質を曲解しようと急ぐのはよくない。その代わりに、読んだり書いたりすることのインスピレーションを信じるほうがよい。私がそれらに躓くずっと以前に既に形作られ、知覚されることを待っていた意図、衝撃、命として生じるインスピレーションを。言葉が私に個人的に何を意味するのかは、決定するよりも認識するほうがいい。何かを書き留めるとそれは死んでしまう。作家は殺人者なのだ。他の者よりも、より優雅に殺し、与える苦痛が少ない作家もいる。それでもなお、書かれた言葉は死んでいるのだ。それが息を吹き返すのは、書き換えられるか読み返されることによってのみ、引き続き異なる意味を与えられることによってのみなのだ。

文章を鑑定し、それがどう読まれるべきかまたは読まれるべきではないかを推奨することを職業とする人々は、言葉遣いの整然性、言葉の配置における適度な一貫性をしばしば要求するようだ。そこには、学校教育に含まれる、学生の側が内容とスタイルの自己規制をすることを期待するという無理からぬ前提があるのだろう。この前提は、一定のルールや制約によって、作家にも読者にも一様の出発点または設計図が常に与えられるということを当然としている。実際的な経験や学習に基づいた規則や技術を学ぶことについて、それらを退ける前に、多くが言われている。にもかかわらず、学術的な枝打ちや判断があろうがなかろうが、言葉は音や情緒的な基準点として存在し、そして常に自発的で主観的な受け止め方を招いているということは覚えておく価値があると思われる。

最初から最後まで言葉の起源や根拠をまったく考えることなしに、ただそうしたいと感じたからというだけで、文章を読んだり書いたりしたことが君はあるかい?道路標識や歌、新聞、雑誌、TV番組、ウェブサイト、ふと耳にした囁くような言い争いから、自分自身の崩れ落ちつつあるごちゃ混ぜの起こること全ての記録から、衝動的もしくは直観的に言葉を引っつかまないかい?最も長い物語ですら、文脈に関係なく、個々の言葉やフレーズが1人だちし、読者を満足させることがありえる。喜んで読むとき、その秩序の重要性に満足を見い出す以前に、言葉の美しさとリズムに夢中になりえる。もしかすると我々は、「正しさ」、言葉のトーンを理解したり感じられるのかもしれない。それらが語るストーリーを抱きしめるか却下する前に、その順序のロジックに気をとられる以前に。どんな書き物に対してでも、一貫性に期待し、最後には解析できることを我々が期待することは、もちろん、良質の言葉遊びに親しむようになり、次にどんな考え方がくるのか、いやどんなフレーズがくるのだろうかとか来るべきなのだろうかと考えるようになってくるにつれ、大きくなってくる。書き始めることは別にして、作家が直面するもっとも厳しいチャレンジの一つはおそらく、次に来る、そしてストーリーが進むところに含まれる言葉に個人的にいかに興味を抱き続けるかだろう。書き手にとってその先に驚きがなければ、発見という幸せなチャンスはがなければ、いかに作品がよく計画され構築されようとしていても、読者にとって忘れられないほど興味深いものになることはないだろう。

私は先日実質的に過去3年間に書いた全てのものを失うと言う不運な体験をした。一つの家から別の家へと引っ越す最中だったので、私の車には本や服、台所用品、そしてお決まりの家庭用品の入った箱と、手紙、紙、絵、写真、石鹸、音楽、フード飾り、幸運の棒や石、拍車、余分な櫛、期限切れのやらなければならない事リストが大急ぎで詰め込まれた袋が積み込まれていた。私がこういったガラクタのいくつかを新しい家に運び入れている間に、誰かが私の車の助手席側の窓を割り、私が2001年初頭から手書きの話や詩を書き込んだノート数冊が入ったバックパックをひったくっていったのだ。

そのバックパックには日記2冊、脚本2本、パスポート、読みかけの本2冊も入っていた。ノートに書かれていたストーリーや詩を失ったことが一番つらかった。2002年末のサハラ砂漠で過ごしたとても静かな一連の夜に書かれた、私にとってはいつになく長く無防備な数百ページの詩を見直し、手直しをすることを私は特に楽しみにしていた。その頃私は、様々な理由により、抽象的なイメージと子供の頃の追憶の断片を多用し、モロッコに住み働いている間に急に流れ込んできた感覚的な印象を結びつけた、広範な作品を書き始めていた。そのときのノートの分厚く白い頁は垢じみ、ウアルザザテ近くの塵のために赤く、エルフードとメルズーガから黄色く、私の手と、キャンプファイヤとタバコの灰のために茶色と灰色に染みがついており、ページの端は折られ、グリースで黒ずんでいた。そこには砂嵐、駱駝のうがい、ハゲワシ、アラブの歌、祈りへの呼びかけ、礼拝用のラグ、紅茶、コーヒー、テントの垂れぶたがあった。それはディーゼルの匂いも放っており、蝿や化石、熱波、山羊、兵士、蠍、見えざる女性、驢馬、ナツメヤシ、鳩、鷹、蝮、新しいもしくは朽ちかけの庭、墓地、街の城壁、モスク、馬屋、井戸、砦、学校の生気に溢れていた。これは長年の懸案だった埋もれた思い出の目録作りの始まりだった。植物とその名前、馬、車の事故、稲妻、ペットの蜥蜴、私の両親の口論の一部、病気、羊といった。捕まり、失われ、リリースされ、きれいにされ、調理され、川や池、湖で見つけられ、食べられ、腐り、もがき、死にかけ、死んでいる魚といった。これらのノートに見られるのは、私が得た先生達の、苦しみ、くすくす笑い、眠る、さもなくば緊急治療室やバスステーションや街角にいる、厳しい砂漠、草原地帯、氷景、もしくは都市の荒地を貫く道や足跡の名残を歩き立ち止まる警察官、子供たち、そして、年寄りたちの顔だ。ここにはおもちゃの兵隊や効果のないワイパーが、チョコレート、ワイン、アスパラガス、鹿肉、鱒、チョーク、蟻、ビッグマック、埃、タンポポの茎、甘くないイェルバマテ、鴨、ビール、雪、血の初めての味がすべてあった。

アメリカ主導のいわゆる「有志連合」によるイラク侵攻が明らかに差し迫っている状況に世界が身構えている最中で、ばかばかしいほどの星明かりの空のもと北アフリカの砂丘ののどかな静寂の中にすら、緊迫感の高まりが感じられた。モロッコ人、スペイン人、フランス人、イギリス人、そしてアメリカ人の仲間たちと一緒に一日中太陽の下馬上で働く効果と共に、それがおそらく毎晩私を、比較的静かで歓迎される孤独の中座って熱心に殴り書くという普通ではない精神状態に押しやったのだろう。私は旅日記モードに入ろうというのではない。ただ私が幸運にもいることのできた場所と時間、多くのエネルギーとインスピレーションをくれた場所と時間を簡単に書き留めたかったのだ。私が目を向けるところにはどこにでも言葉があった。夢を満たし、全てのものの名前を私に与えながら。それらに遅れずに付いていくために出来る全てだった。私を通り漂い、時々雲から、私の目からテーブルへ、私のひざへと落っこち、馬たちのたてがみに絡まっているところをいくつか捕まえる。言葉のほとんどは、通常そうするように、逃げてしまったが、夜には定期的になんとか一束にまとめることができた。その経験からでてきた多くの手書きの詩は、カリフォルニアの新しい家にもどったら取り組むことを一番楽しみにしていたものだった。だからそのノートが入ったバックパックが車いっぱいの所持品の一番上においてあり、助手席側の窓に持たれかけられ、通りすがりの潜在的な泥棒から丸見えだったのだ。おそらく5分目を離した間に、永遠になくなってしまった。

続く何週間か私は街の私の一角を探し回ることに多くの時間と努力を費やした。ゴミ箱や路地を調べ、戻ってきたら何も聞かず礼をすると申し出た。私にとってはかけがえがなく、誰であれ盗った人にとってはおそらく完全に無用なものを見つけるために考え付くことを何でもした。ついに私はそのほとんどを行かせた。家から遠くはなれ、あの疲れ果てていたが類を見ないほど生産的な精神状態で書かれたものを再び創り出すことは決して出来ないと知りながら。それがどこで書かれたか、私がそうだと覚えているほど価値があったかどうかは問題ではない。そこにあるのは、アイデアを失い、言葉のありそうもない逸脱や意外な組み合わせ、応用を忘れてしまったという苦い思いだった。恐ろしいが願わくは一時的なはっきりと見えないという最近あった経験―結膜炎のせいなのだが―とちょうど同じように、新たに捕まえ配置した印象がさってしまったというただならぬ現実に直面させられたのだ。記録された感覚の継ぎ接ぎが消え、取り返しがつかない。言葉の家、言葉の丘、言葉のダム、言葉の骨を考古学プロジェクトか何かのように思い出し修復しようとするのは意味がない。私が思い出したり、何の気なしに再び語ったりする断片があるかもしれないが、私がいくらそれを飼いならし維持しようとしても、全ての言葉は新しいものとなり、どこかへ行き、死ぬ。

いくつもの言葉の前に自分の時間でなにかほかの事をするというオプションをはっきりと与えられたにもかかわらず、あなたは何らかの理由でここまで読み続けた。この不必要な序文はあまりに予測がつくものであり、その取り止めのなさで明らかに誇張されているので、むしろ必要であったかもしれない。この罠にこれ以上陥る前に、作家ポール・ラ・クールの次の言葉を残そう。

「詩人であることは詩を書くことではない。新しい生きる道を見つけることなのだ」

ヴィゴ・モーテンセン
『The Best American Nonrequired Reading 2004 』より


日本語訳:Miyelo

by miyelo | 2005-01-02 18:15 | ヴィゴ訳


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