Words of VM

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2005年 01月 02日

The Best American Nonrequired Reading 2004 序文(11)

続く何週間か私は街の私の一角を探し回ることに多くの時間と努力を費やした。ゴミ箱や路地を調べ、戻ってきたら何も聞かず礼をすると申し出た。私にとってはかけがえがなく、誰であれ盗った人にとってはおそらく完全に無用なものを見つけるために考え付くことを何でもした。ついに私はそのほとんどを行かせた。家から遠くはなれ、あの疲れ果てていたが類を見ないほど生産的な精神状態で書かれたものを再び創り出すことは決して出来ないと知りながら。それがどこで書かれたか、私がそうだと覚えているほど価値があったかどうかは問題ではない。そこにあるのは、アイデアを失い、言葉のありそうもない逸脱や意外な組み合わせ、応用を忘れてしまったという苦い思いだった。恐ろしいが願わくは一時的なはっきりと見えないという最近あった経験―結膜炎のせいなのだが―とちょうど同じように、新たに捕まえ配置した印象がさってしまったというただならぬ現実に直面させられたのだ。記録された感覚の継ぎ接ぎが消え、取り返しがつかない。言葉の家、言葉の丘、言葉のダム、言葉の骨を考古学プロジェクトか何かのように思い出し修復しようとするのは意味がない。私が思い出したり、何の気なしに再び語ったりする断片があるかもしれないが、私がいくらそれを飼いならし維持しようとしても、全ての言葉は新しいものとなり、どこかへ行き、死ぬ。

いくつもの言葉の前に自分の時間でなにかほかの事をするというオプションをはっきりと与えられたにもかかわらず、あなたは何らかの理由でここまで読み続けた。この不必要な序文はあまりに予測がつくものであり、その取り止めのなさで明らかに誇張されているので、むしろ必要であったかもしれない。この罠にこれ以上陥る前に、作家ポール・ラ・クールの次の言葉を残そう。

「詩人であることは詩を書くことではない。新しい生きる道を見つけることなのだ」

ヴィゴ・モーテンセン
『The Best American Nonrequired Reading 2004 』より

日本語訳:Miyelo

by miyelo | 2005-01-02 17:52 | ヴィゴ訳


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