2004年 11月 13日

ララバイ ―Lullaby―

聞こえない。
壁を伝い
ドアノブに
とどまる
滴に
浮かび上がる
正しい歌を
聞き続けろ。
君の髪を引っ張る
君の拳に残る
音符を絞り
街を越え
共に歌え。

(1992)

ヴィゴ・モーテンセン
『COINCIDENCE of MEMORY』より
日本語訳:Miyelo

# by miyelo | 2004-11-13 22:38 | ヴィゴ訳 | Comments(0)
2004年 11月 13日

Miyeloに関して

この詩はヴィゴのものではなく、ラコタ語で書かれたものです。
写真集『Miyelo』には英語訳とともに掲載されています。

『オーシャン・オブ・ファイヤー』の中でヴィゴ演じるフランク・T・ホプキンスが幻影を見ながら歌うのがこの歌です。

# by miyelo | 2004-11-13 20:23 | 訳したものに関して | Comments(0)
2004年 11月 13日

Miyelo    

それは私
それは私
それは私

祖父はそう言う
私は彼に祈り、彼は私を聞く

写真集『Miyelo』より
日本語訳:Miyelo

# by miyelo | 2004-11-13 20:18 | ヴィゴ訳 | Comments(0)
2004年 11月 13日

Miyelo序文に関して

『Miyelo』序文は写真集『Miyelo』と写真展『Miyelo』を紹介するものです。

写真集『Miyelo』はヴィゴ・モーテンセン主演作『オーシャン・オブ・ファイヤー』(原題『Hidalgo』)のために行われたラコタ族によるゴースト・ダンスの復元を写真に撮ったものです。
ヴィゴが借り物のカメラを使い1本のフィルムで撮った大判の写真がメインです。

このゴーストダンスが引き金となって、1890年のウンディッド・ニーの大虐殺が起こりました。

『Miyelo』には写真だけではなく、多くの詩や文献、そして参考資料が掲載されています。

写真展『Miyelo』は2003年9月11日からロサンゼルスのステファン・コーヘン・ギャラリーで開催されました。

この序文には「Retreat 6, 2003」というカウボーイハットをかぶった人と馬の後姿と青空、そして小さく見える戦闘機の影が写された写真が付いていました。

# by miyelo | 2004-11-13 20:02 | 訳したものに関して | Comments(0)
2004年 11月 13日

Miyelo 序文  

聖なる地ではすべてがなされるがゆえに、環境がメタファーとなる。
  ――ジョセフ・キャンベル


新しい流れに沿って死者を殺すために我らは来た。流れは囁き、目配せをする。完璧に描かれる過去の誤解への我らが努力をふざけて回避しながら。記憶に残る最も乾燥した夏の一つを終え、眺望からは殆ど全ての緑は流れ出てしまった。ハコヤナギの樹皮はボロボロになり、枝先は小川に反射する程灰色だ。手首のキズや、霜が降りた草、白土の堤防のように青ざめ、ブラックヒルズへと避難所を求めて急ぐ雲はほとんどない。

我らがカリフォルニア砂漠に来たのは、凍った土地で密かに死んだ者たちの幾ばくかがその近くにやって来て火に温まり、ついに彼らの頭を置くだけの隙間を見つけることを期待したからでもある。悩みつかれた幽霊のシャツや引き裂かれた声、朦朧とした足取りの錯乱した再生と同様に、我らにその日を1890年12月の朝のように感じさせたのは、我々の期待を上回る漂白された空を無慈悲に切り裂きながらバビロンへ戻る途中の戦闘機による偽りの雷だった。

ヴィゴ・モーテンセン
2003年9月11日


写真集『Miyelo』より
日本語訳:Miyelo

注:ブラックヒルズ-ラコタの聖地であるが、金鉱が発見されたために取上げられた土地。

# by miyelo | 2004-11-13 18:00 | ヴィゴ訳 | Comments(0)
2004年 11月 13日

初めまして

このブログでは俳優ヴィゴ・モーテンセンの言葉を日本語にして紹介していきたいと思っています。日本語訳は私が行っていますが、あくまで私個人が解釈するヴィゴの言葉―詩、序文、メッセージ、コメント等―です。ヴィゴ本人とはまったく関係がありません。
また本人のオリジナルを読まれることを強くお勧めします。

無断での引用はご遠慮ください。

# by miyelo | 2004-11-13 17:52 | 訳したものに関して | Comments(0)